
家族の思い出に寄り添う製菓職人
笑い合いながら食べたケーキ
お菓子作りはりささんにとって、家族との思い出と切り離せないもの。「母が作ったケーキは気泡から粉がポロポロ落ちて、衝撃的な出来栄えでした。笑い合いながら家族で食べたそのケーキはなぜだかとても美味しく、ずっと心に残っています」


父親は小学1年生の時に亡くしましたが、「物心ついた頃から、父が家族のためによくお菓子を作ってくれました」と目を細めます。亡くなって数年後、自宅に残された製菓の本を発見。思い出がよみがえり、「楽しそう」と感じました。
念願のパティシエ しかし現実はー
高校生になる頃にはパティシエになりたいと強く思うように。しかし、母親は製菓専門学校への進学に反対。りささんの将来を思い、就職か短大進学を勧めました。
りささんは諦めず熱意を伝え、母親を説得して専門学校に入学。菓子製造の基礎から理論、衛生まで徹底的に学び、フランス研修では本場の味と美しさに感動しました。


卒業後は、パティシエとして大手ホテルや洋菓子店、カフェなどで経験を積み、理想の製菓職人への道を模索しました。「お菓子作りが好き。絶対に続けたいと思いました」
結婚して子どもが生まれると、製菓に関わる仕事を続けるのは難しく、パン屋や事務のパートをしました。子どもが熱を出すたびに休まなくてはならず、負い目を感じてました。それでも、お菓子作りの夢を諦めることはできませんでした。
マルシェへの挑戦
ある日立ち寄ったマルシェで、赤ちゃんをおんぶして店に立つ女性を見掛けます。「私もできるかも」と、お菓子を作ってマルシェに出店することを決意。パートと掛け持ちでお菓子作りを再開しました。
再起への一歩を踏み出すも、最初から順風満帆とはいきませんでした。出店に十分な数を作れなかったり、出店しても売れなかったりすることもしばしば。それでも、「こだわりの詰まったお菓子で喜ぶお客さんの顔が間近で見れることが本当に楽しくて、嬉しかった」。試行錯誤しながら少しずつファンを獲得し、売上を伸ばしていきました。


現在は刈谷市のレンタルキッチンでケーキやプリン、焼き菓子を製造。月1回、フローラルガーデンよさみなどでマルシェに出店する他、市内の精肉店「肉嘉」でも焼き菓子を委託販売しています。
家族も夢を応援
「家族と一緒に楽しめるお菓子、大事な人に食べてもらいたいお菓子を作りたい」。りささんのお菓子作りの原点は、家族との笑顔の時間です。
今後は自宅に工房を構え、マルシェでは販売できない生クリームを使ったケーキや、フルーツたっぷりのタルトなども提供したいと夢を抱きます。次なる挑戦を家族も応援。お菓子と共に笑顔の思い出が増えるたび、家族の絆はいっそう強くなります。

