
“夢中”は、努力に勝る
ピースビルディングから製造業の未来まで
平和を願っていた少女 目指していたのは国連職員
「世界が平和になればいいのに」
寺澤穂乃香さんは、幼い頃からそう願って育ちました。
広島県尾道市に生まれ、転勤族の家庭で東京・愛媛・大阪と引っ越しを重ね、一番長く過ごしたのは大阪府でした。
祖父母の故郷である広島での戦争体験を幼いころから聞いていたことが、穂乃香さんの原点になっています。


大学では関西学院大学法学部政治学科に進学。
母方の家系に政治家が多かったこともあり、ピースビルディング(平和構築)を学びたいと考えたからです。
「将来は国連で働きたい」と夢を描き、大学院への進学と実務経験を見据えて、青年海外協力隊としてカンボジアに渡った経験もあります。
現地ではJICA(国際協力機構)の広報スタッフとして活動し、ビジネスや日本語を懸命に学ぶ若者たちに出会いました。
「地元や家族のために成功したいという真っ直ぐな思いが伝わってきて、胸を打たれました」と振り返ります。
コロナ禍が進路を変えた 働きながら学び続ける道へ
しかし、進路を決める時期に新型コロナウイルスの流行が始まり、海外の大学院への留学を断念することになりました。
選んだのは、トヨタ車体株式会社(一里山町)への就職という新たな道でした。
最初に配属されたのは、TPS(トヨタ生産方式)推進部。工場に入ったばかりの新入社員に向けて“マインド教育”を担当する仕事でした。


「仕事のやり方を教えるというよりも、社会人としての在り方や考え方を一緒に育てていく役割でした」
実は大学時代に中学校・高校の英語教員免許を取得していた穂乃香さん。
教育という分野にも、強い関心を持ち続けてきたのです。
新規事業をつくる部署へ 部長に直談判で大学院にも進学
現在は、デジタル変革推進部で社内の人材育成や新規事業構想に携わっています。
国内外の動向を見ながら、次世代のビジネスモデルを考える部署です。
この部署で、穂乃香さんは「どうしても通いたい」と部長に直談判し、大学院進学を実現しました。
「社内には制度がなかったのですが、挑戦したいという思いを伝えたら応援していただけました。柔軟な環境にとても感謝しています」


日中はフルタイムで働き、夜は大学院の授業に通う生活。
名古屋を拠点に、大阪や東京まで足を伸ばすこともあります。
加えて、在日外国人の子どもたちに勉強を教えるボランティア活動や、「社会教育士」の資格取得にも挑戦中です。
「家庭教育、学校教育、社会教育。この中で、今の私にできるのは社会教育だと思って」
平和への思いが、次第に“人を育てる”という方向に形を変えていきました。

伝えることの意味 人の思いが力になる

高校時代には放送部に所属し、高校野球の大阪大会でアナウンスを担当。
言葉で人に伝える経験もしてきました。
「人の思いに触れると、自分の中に刺激が生まれる。そうやって生まれた刺激が他の人にも良い影響を与えてくれると思うんです」
今の部署の部長がよく口にする「誰かのために仕事をしなさい」という言葉も、穂乃香さんの心に深く残っているといいます。
夢中だったから、ここまで来られた
「努力は、夢中には勝てないと思います」
やりたいと思う気持ちが、すべての原動力でした。
平和や教育に対して夢中になってインプットしてきたものを、これからは誰かのためにアウトプットしていきたいと考えています。
そして将来は、「仕事も家庭も子どもも」とすべてを望む女性たちの働き方に、少しでもアプローチできたらと語ります。
今ある環境の中で、自分らしいスタイルで歩み続ける穂乃香さん。
その姿は、同じ時代を生きる私たちに、前を向く力をそっと渡してくれます。

