
何も決められなかった私 今、自由を描く
子育てでぶつかった壁
弾けるような明るい笑顔で、講師を務めるお絵描き教室の子どもたちと接するはなさん。
教室のモットー「やりたいことをやらせる。否定しない」は、はなさん自身が家族との関係に悩み続けた先で見つけた答えでした。
「私、何も決められない女だったの」
ひとりっ子で、過干渉な母親の目を常に気にして過ごした子ども時代。
結婚、出産を経て子どもと向き合ったとき、子育てすらも親の期待に沿おうとしていたといいます。


「まるで、子どもは親に見せるための成果物。
子どもの要求にもどう応えたらいいか分からない」
結婚前は医療職でしたが、産後の復帰は望めず退職。夫の転勤による転居。接し方が分からない子どもたちー。
「もう育てるの、無理!」と思い詰め、イライラした気持ちを抑えきれずに大きな声を出してしまうことも多くなりました。
「なんとかしないと。自分から動かなきゃ、文句言ってるだけになっちゃう」
はなさんは子どもと適切な距離を取り、自分自身を見つめ直そうと決意します。
まずは医療機関にパートとして職場復帰。
当時2歳と0歳の子どもたちは院内保育に預けました。
同時に、少しでも気になった習い事や短期講座に次々に挑戦していきました。

描くことで自由を知った

仕事や趣味といった自分の時間を持つことで、子育てや自身の心にも余裕が出てきたはなさん。
娘が楽しそうにお絵描き教室に通う姿に興味を持ち、大人向けのクラスを受講しました。
「美術の授業の絵は嫌いだった。どう描いていいのか分からなくて先生が使う色を探してたような子」と、かつての自分を表現するはなさんでしたが、絵を描くことで人生が一変します。
教室の方針は、とにかく自由。
自分で選んだ色で、型にはまらず、思いのまま描くこと。
はなさんは迷いながらも、白いキャンバスを埋めていきました。
好きな色を使い、好きな場所を塗り、自由そのものを描くうち、
「私、今までこんなに好きなことをしていなかったんだ」
と気付いたといいます。
絵に夢中になるにつれ、次第に心が解きほぐされ、救われていくのを感じました。

救われた場所 次は私がつくる

絵を習い始めて2年目、講師から絵の教室を開いてみないかと誘われました。
最初は戸惑ったそうですが、
「私自身が絵に救われたし正直、娘を預かってくれて助かったんだよね」。
親にとって子どもが教室にいる時間は、親の役割から束の間解放されます。
それははなさんにとって、自分を取り戻せた時間でした。
「こうゆう場所を増やしたら、もっとみんなハッピーになる。もう使命感だった」
一念発起、講師になるための講座を受講。
指導方法や教室運営のノウハウを叩き込まれ、昨年3月(2024年)念願のお絵描き教室を開きました。


今では、3つの教室を運営。
「絵がよくなる方法は伝えるけど、その子がやりたいなら論理的に間違っていても否定しない」
と、自分で決めることを何よりも大切にしています。
今後は、自身の親子関係や医療現場での経験を生かし、大人向けの教室の開催や認知症対策としても絵を取り入れたいと意欲を燃やしています。
「絵は自己表現の手段。以前の私のように型にはまっちゃってる人や、心を病んでる人を闇から救いたい」

