一番大切なものを、真っ直ぐに

私には、クラリネットがあればいい

久保浦侑子さんは、海外留学の経験もあるプロのクラリネット奏者。優しく奥行きのある音色に魅了され、幼い頃から音楽ひと筋に歩んできました。

クラリネットとの出合いは、小学校の吹奏楽部。依佐美中学校のオーケストラ部では全国大会も経験しました。

「成人式の振り袖はいらないから、楽器を買ってほしい」

振袖を買う家庭が多い三河地域で、音楽への決意を両親に伝えました。

個人レッスンに通い始め、放課後も週末も練習漬けの毎日。どんなに忙しくても、クラリネットと向き合う時間が何よりも心を満たしてくれました。

自分の道を歩む 静かに燃やした情熱

音大の学費を考えて、高校は地元の公立校を選択。
迷わず吹奏楽部に入部しましたが、周囲との温度差に戸惑うことも。

「もっと上手くなりたいって、自分と同じ気持ちの人ばかりじゃなかったんですよね」

そんな葛藤を抱えつつも、次第に自分のペースを大切にするようになります。

「クラリネットが吹ければいい。自分の練習ができればいい」

人と比べず、自分がやるべきことに集中。
静かな情熱を胸に、個人レッスンやピアノの練習も重ね、目標に向かって淡々と技術を磨き続けました。

違うと思ったら迷わない 東京、そしてスイスへ

音大進学は師事する先生との相性が重要。県内の大学を考えていた侑子さんでしたが、「この先生は…嫌かも」と感じた瞬間、進路を変更します。

納得できる環境を求め、東京の武蔵野音楽大学へ。
「愛知から出たかった」という気持ちも背中を押しました。

卒業後は、憧れの演奏家を追ってスイスの音楽学校へ留学。

「いろんな人種の人がいて、演奏に固定概念がないんですよね。真面目だけど、こうじゃなくちゃいけないっていうのがない」

日本では得られなかった自由な空気。演奏に対する柔軟な価値観に触れ、侑子さんの音色は歌うように感情豊かになったといいます。

しかし、アジア人であることが壁に。オーケストラの入団試験すら受けられない状況に直面します。

「自分の力の限界も知ったし、足りないものもあった。そしたら、もうここには住みたくない、と思っちゃった」

未練を手放し、潔く帰国を決断。迷うことなく次のステージを目指します。

地元で再始動 そして母になって

 帰国後は地元・刈谷に戻り、演奏やレッスンの仕事を始めました。

「生きていくには働かなきゃ。でも、がつがつ働くのは違うと思った」

何を優先するのか。常に自分に問いながら、ときには何かを手放してでも音楽を選び続けてきました。

その後、結婚し一児の母に。

「今まではクラリネットだけで良かったのに。今は人間の勉強」と笑いながら、わが子と向き合っています。

育児によってクラリネットに触れられない時間が続きましたが、子どもが保育園に通い始め、活動を再開。
音楽に対する思いにも変化がありました。

「自分が何かやることで若い人に音楽の場を残せたら。演奏活動も社会貢献という気持ちを持ってやっていきたい」

今は小規模なアンサンブルやレッスンなど、地域に根ざした活動を続けています。

自分の「好き」をまっすぐに。

「言葉が通じなくても、音楽は伝わるんです」

人間関係に悩んだとき。環境に違和感を覚えたとき。どんなときも、侑子さんを支えてくれたのは、クラリネットでした。

「クラリネットがあればいい。それが一番大事なこと」

その言葉に、揺るぎない信念がにじみます。

振り返らず、執着せず、自分の「好き」をまっすぐに。

侑子さんは今日もステージに立ち、しなやかに、その音を響かせています。

久保浦 侑子さんとつながる

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♪3CLARINETSコンサート♪
11/8(土)13:00 OPEN / 3,000円
アーク栄サロンホール ご予約: koisuru.cl@gmail.com

@yukokuboura

「好きの一音が、人生を奏でていく」